社会生活  
〜 Corofinは今日も雨



1. アイルランドの母

 ホストマザーはとても優しい反面、なかなかに厳しさも持ち合わせている。家はいつも清潔さが保たれており、週末には僕が留守にしている間に僕の部屋も掃除してくれた。リビングよりもキッチンにいることが多く、テレビよりもラジオを聞くことが多い方だった。朝は必ずラジオでトラディッショナル*を聞いていた。
 少なくとも3人いる娘さんをはじめ、親戚が近くにいっぱい住んでいるらしく、週末はよく冠婚葬祭に出かけた。娘さんもたまに家に遊びに来ては、ご飯を食べたりしゃべったりした後家に帰っていく。こういうスタイルがアイルランドの田舎では典型的なのかどうかは判らないが、少し前の日本にもあったような生活スタイルだと思う。日本にいると家族や親戚づきあいが鬱陶しく思えるくせに、何故かホストマザーの家族づきあいがうらやましいとも感じた。他人の芝は青く見えるだけなのだろうか。

 ホストファザーは、アクセントが凄くてなかなか会話が成立しないが、いいお父さんという感じだ。しばしば庭で猫(右)と遊んでいる。彼はマザーとは逆にリビングでテレビを見ているいることが多かった。

 ちなみにこの猫は家の中に入ることをきつく禁じられている。本人(?)はそのことをわかっており、もの凄く中に入りたがっている。一回僕が扉をきちんと閉めずに寝てしまったとき、夜中に彼がドアの隙間から入ってきてにゃーにゃー鳴いていたことがあった。
 翌日マザーから、「ドアはきちんと閉めてね」とごく当たり前の注意をされたが、「鍵をかけてね」と言われないところがなんとも新宿とは大きく違う。

* いわゆるアイルランド各地で古くから伝わる、あるいはそのエッセンスを受け継ぎつつ作られている伝統音楽のことですが、日本のレコード屋のコーナーでは"(アイリッシュ)トラッド"もしくは"ケルト"という言葉が使われていることが多いです。本HPでは守安功さんが著書で「そんな表現アイリッシュはしない」と書かれていたのを尊重して、"トラディッショナル"という言葉で統一します。


2.アイルランドの水事情

 アイルランドの生活については言語の相違以外においては困難や不満はなかった。ただ、水周りについては少し泣かされた。
 ヨーロッパには何回か旅行に行っているが、どの国に行っても、シャワーで満足したことが無い。ホテルにもよるんだろうけど、温度の安定性・水の勢い・穴の大きさの点で日本のシャワーは他を圧倒している。何より肩までつかれる風呂があるっていうのは日本が最も誇れる文化じゃないだろうか。

 ホストマザー宅もシャワーの穴が小さくて水が肌に当たると痛い割に湯量が少なく、体が温まらなかった。だからって風呂いっぱいにお湯を入れてつかろうとして、タンクにたまったお湯を使い切って水にしたら家族全員に迷惑をかける。そんなこんなで風呂のたびに寒い思いをしているうちに風邪を引いてしまった。僕のような軟弱な人間は冬はどうやって過ごしているんだろうか・・・と思うとちょっと長期滞在は怖くなった。*

 また、2週間の滞在で2回停電があった。停電するとお湯が出なくなるだけでなく、タンクへの水の引き込みに電気を使うため、停電中はトイレ以外の水の使用も禁止され、散歩したりしてやり過ごした。

 それにしてもアイリッシュは、水に関して結構頓着しない人たちなんだろうか。思えば突然の雨に洗濯物がさらされても、大慌てで取り込んだりせず、おおらかに晴れを待つ。雨と共存することによって培われてきた、水に対する許容みたいなものがあるんだろう。嫌いな人は嫌いかもしれないけど、僕はこのおおらかさが好きだ。

 もう一点、水周りでおおらかと言えば、食器の洗い方が非常に面白かった。洗剤を入れたお湯たまりに皿を漬けて汚れを取ったら、さらっと水で流し、洗剤が多少残っていてもそれで終了、あとは大きな布巾で洗剤ごとふき取る。この洗い方はさすがに2週間では慣れなかった。今でも皿を洗っていると時々この洗い形を思い出し、もしかしたら自分ら日本人は無意味に清潔に執着しているだけなんだろうか、と思う。思いつつ、やっぱりしっかりと洗ってしまう。
* これについては結論的には「家次第」であることが後に判明した。シャワーの湯量が多く穴も大きい家ももちろんある。


3.アイルランドのおいしい生活

 サブタイトルがなんか本のパクリみたいだが、実際アイルランドの食事は、多くの日本人からの「向こうは飯がまずいでしょ」という問いに反してかなりおいしかった。
以前旅行で訪愛したときにはB&Bのフル・ブレックファストとパブのギネス以外はそれほど料理に魅力を感じなかったのだが、どうして、ホストマザーの作る家庭料理は本当においしく、しかも結局2週間食事がダブることがなかった。いつからか毎日の夕食が楽しみになっていた。

 ホストマザー宅で食べたメニューをざっとあげると・・・ 
ラザニア、サーモンのキッシュ、ハンバーグ、ラムステーキ、ビーフステーキ、ポークリブ、焼きさば、焼き鮭、マッシュルームシチュー、スパゲッティ
 中でも手製のマッシュルームシチューとキッシュは秀逸だった。もう一回と言わず何度でも食べてみたい。
 ちなみに上記メニューにパンは必ず着くし、ジャガイモも当然のように何らかの形で登場する。ジャガイモがまた普通にふかしただけなのに凄くおいしい。ジャガイモが主食になるまでにいろいろと屈辱的な経験をしてきたこの国だが、いまや本当に自慢できる品質の主食になっている。時にパスタとパンとジャガイモが出てきたりして「全部主食じゃん!」と突っ込みたくなるような夜もあったが、主食好きの僕には全く問題なくこの国の食文化を受け入れられた。

 昼飯は、SPAでサンドイッチやらチキンやらを買うか、村1件のファストフードでハンバーガーやフィッシュ&チップスを買うか、パブで昼食を取るかというチョイスをする。自分で昼食を作って持ってきている人もいたが、ファーストフードやSPAで買っても2〜3ポンド(300〜450円)で食えるので、十分リーズナブルである。前年にアイルランドに来たときは料理は高いという印象があったが、こうして考えると今回食費は非常に安かった。結局アイルランドではレストランがその味に合わないくらい高いということだ。



4.パブと仲間とビリヤード

 最初の1週間はポーランド人シモンと同居だった。彼は僕より3歳年下だが、僕より年上に見えたし、彼も僕を自分より年下だと思っていた。実際、彼の方が地に足をつけて行動していたし、アイルランド生活においてだけでなく、人生についても先輩なんじゃないかと何回か錯覚した。
 僕らはしばしばリビングに集まりでテレビを見たり話をしたりした。リビングは双方の国を知るためのちょっとした文化交流の場でもあった。僕らは双方の仕事の話から、結婚観、人生観、スポーツ、ポーランドの民主化の歴史など
小難しい話もした。日本語じゃないから冗談や透かした表現ができず、いつも直球で話した。そのおかげか、わずか6日間だったが、日本の友人1年分くらいの話をした気がする。

 彼の去る前、僕らは今度は日本で、W杯で会おうと約束した。彼はポーランドの応援にやって来る・・・と思ったらポーランドは韓国開催のDリーグだったので、日本で会えるとしたら決勝しかないんだけど。

 シモン含め、生徒たちの集会場所は学校近くにあるパブ(確かBofey Quinsっていう名前)だった。夕飯後、誰ともなく集まり、他愛もない話をしたりビリヤードをしたりした。最大で7人くらいのその集まりには日本人も多かったが、もちろん日本語は使わなかった。母国語でないから、やっぱり会話の中に「あや」や「機微」は少なく、直球になる。「なぜ日本人は友人や家族にキスをしないんだ」などという一生決着がつかなさそうな話題を肴に、自分なりに会話を咀嚼し楽しんだし、ギネスを飲みながらのビリヤードに熱中した。

 プライベート保護から名前は控えるけど、改めてパブに集まり話したり突いたりした仲間みんなに感謝したい。


5.アイルランドはいつも雨

 アイルランドはいつも雨。なかなか晴れることは少なかったが、傘を使うほどの激しい雨も少なかった。もちろん季節や場所によってはスコールのような大雨も珍しくないようで、僕が行った2週間はたまたま小雨ですんだというほうが正しいだろう。ちょうどその時期、日本では大型台風が本州を上陸して大変なことになっていた。

夕日 ただアイルランドの場合は同じ気候が定まることはなく、天空の雲は常時変わり続けており、さんざ雨が降った直後からっと晴れ渡ることも珍しくない。昼夜問わず、時にもの凄く高くてきれいな
空を見ることができた。
 晴れた朝には洗濯物を干し、晴れた夕方には夕日を見ながら猫と遊び、晴れた夜には天の川が美しい星空をボーっと眺めながら流れ星を待つ。こんなつまらない生活が、なんとも楽しかった。空を見るその瞬間、本当に自分が仕事人であることを忘れきることができた。



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