入学!!!
  
〜 365分の1日の緊張



9月3日 入学! その1(最初の授業)

 いよいよ入学の日が来た。わずか2日で、既に結構疲れている。と同時に、新しい生活が楽しみでしょうがなかった。
 シモンがパソコンを使いたいからということで早めに家を出た。外はアイルランドお得意の小雨が降っており、まともな上着を持ってこなかった肌には厳しかった。*

 道はやや危険ではあるが、周囲の景色は一生忘れられないものだった。

 灰色、白、ダークグレー、水色が混在する高い空。
 あざみ・ブラックベリーそして見慣れない草木が点在する草原。
 人がすれ違うたび、ちらりと一瞥するいろんな色の牛。
 メドウの向こうに見える氷河が形成した丘陵地帯の影。
 時折すれ違う車の運転席から交わされる、右手首を軽くあげる挨拶。

 それらのどれもが日本の事を忘れさせてくれる、心休まる風景だった。

 そんな風景をしばし歩いたのち、学校に到着した。

 シモンとともに職員室に入ると、ひとりの先生が"Good Morning!"と挨拶。結局その週はこの先生の授業を受けることになるのだった。
 まずクラス分けのテストということで、寒い部屋で淡々とテストを実施した。リスニングと文法のテストは日本人にはそう難しいものではなく、僕は予想通り自分の実力以上のクラスを指定された。

 そこでいきなりのカルチャーショック。スイスからきた女性、Cさんの文法を省みない積極的なおしゃべりにまず圧倒された。次に、先生の話した言葉に対する僕自身の理解力の遅さにつらくなった。ほんの40分程度の授業で、すでに逃げたくなっていた。後で考えると、初日に耳が慣れていないんだから当然かな、という気もする。それほど臆することはなかったんだけど、結局臆してしまって、先生に頼んでもう少し優しいクラスで授業を受けることに。初めての休憩時間に、Cさんから”クラス変わっちゃうのか”と聞かれて、何か自分が悪いことを隠れてしている様な気にさえさせられた。

 ちなみにシモンは仕事があるとかで1日中職員室でパソコンをしていた。本当に彼が先生か生徒か、まだ判っていなかった。

*ちなみに傘を使ったのは後にも先にもこの日1回きり。後は現地で買ったコートでやり過ごした。アイルランド旅行前にいつも傘を持っていくかどうか迷うのだが、3回旅行した結論的には、夏場はいらないんじゃないか、と思う。レインコートもしくは厚手のコートは必須だが。


9月3日 入学! その2(新しいクラス)

 次のクラスには、昨日出会った日本人女性(Mさん)がいた。先生はオルガというポーランド人女性で、教えるのがとても上手な先生だった。自分の経験やそれに基づく信念をはっきりと口にする。外で一人煙草をすう。それらの態度しぐさが凄く格好良い人だった。

 オルガのクラスでは幾分積極的に話すことができた。クラスはテキストのコピーが中心なので、だんだん分厚くなっていくことが予想された。しかもテキストには前の人の書き残しや回答が書いてあったりして、かなりルーズだった。

 ”ペンの人はノートに書いて。鉛筆を持っている人は直接回答書いても良いけど、あとで消してね!”

 っていうルーズさが、妙におもしろかった。駄目な人には駄目かもしれんけど。

 ちなみに、僕以外の全日本人は電子辞書を持参していた。逆に外国人で電子辞書持参者はいなかった。その点で紙の辞書を持参した僕は、よっぽど珍しかったのか、会う先生みんなに不思議がられた。*

*が、帰国後真っ先に電子辞書を買った。一応いろいろ調べて、500文字の英語メモ機能が付いておりなおかつ名刺サイズという”Canan IDC-310”を購入。結構お勧め。仕事に行くときも遊びでも、今では手放せない一品である。

9月3日 入学! その3 (はじめてのエクスカーション)

 お昼は食堂で食べることが多い。食堂といっても、生徒10人あまりのためにコックいるわけがない。食料を持参して食堂で食べるのだった。
 3日は
同級生と一緒に村唯一のスーパーに行き、パンやらチキンやらを買って食堂で食べた。食べながらクラス以外の人とも2,3話したが、やっぱり僕だけが新参者という事もあり、ややぎこちない会話が続いた。

 しかしその日早速エクスカーション(オプションサービスで、近くに遊びに行く企画)があったため、これは参加しないわけにはいかないということで、どこに行くかよく判らないまま着いていくことにした。クラスのみんなも行くのかと思ったら、僕のクラスで参加するのは僕だけだと判明した。みんなは僕みたいに参加しないとお金がもったいないとか思わないらしい。アイルランドに来て心まで広くなったのだろうか・・・と思って聞いてみると、

「もうエクスカーションには飽きた」

 という回答が多かった。そういえば僕が「モハーの断崖に行きたい」と言ったときにも何となくしらけムードがあった。Cさんは「もう3回行ったわ」と言ってた。続けて3回断崖行けば飽きるよな。そりゃ。

 画して先生やシモンを含む6人でミニバスに乗り込み、先生曰く"Woods"に行った。結局それがどこだったのか、実は今でも判っていない。周りの誰にどこに行くか聞いても、”さあ・・・”って言っていた。そんなものなんだろうか、とやや拍子抜けしつつしばらく車に揺らると、先導の先生には目的の"Woods"が見えてきたようだった。

 "Woods"でのエクスカーションは端的に言えば「丘歩き」だった。6人でてくてく丘を歩きながら、途中でちょっとしたアスレチックをこなしたり、湖(池かな)で休憩したりする、という感じのハイキングコースのよう。
 確かに丘の上からの景色はきれいだし空気もおいしかったが、元々Corofinの景色も十分きれいだし村でも毎日がハイキングみたいなもんだったため、それ自身に魅力はあまり感じなかった。むしろ歩きながらの談笑が大切なんだろう。しかしやはり僕にとっては皆初めてだったということと、まだヒアリングに慣れていなかったこともあり、結局みんなと積極的に話す機会が無いままに終わってしまった。しょうがないから歩いてく彼らを写真に撮ったりして(下)時間を過ごした。


9月3日 入学! その4 (夜の過ごし方)

 ”学校はどうだった?キヨ。”
 ”宿題はすませたの?キヨ。”


 ホストマザーの夕食での会話。ああ、生活が始まったんだな、と実感した。

 ちなみに夜はもっぱら3つの過ごし方しかない。

  1.宿題
  2.TV
  3.パブ

 1は必ず発生するのだが、日によってボリュームが違う。時には、1でまるまるかかってしまうこともあった。しかし初日は宿題も少なかったので、僕はシモンと一緒にパブに出かける事にした。

 パブではシモンと別クラスのSさんと3人でビリヤード*をした。ルールは日本の8ボールに似ていたが、台が小さく、やり方に慣れるまで苦労した。いずれにせよ、ビリヤードとギネス**のおかげで入学後はじめての夜を十分楽しく過ごせたし、明日以降周囲との距離も縮まるだろうことを実感しつつ、帰途についた。

 帰り道すがら、2人の男が怒鳴り合いの喧嘩をしているのを見た。酔った男がもう一人の男の首をつかみ怒鳴っており、ちょっと怖かった。静かな通りに轟く怒声を聞き、人口400人のいたって平和と思われた村にもこういう風景はあるのだな、と思いつつ新宿をふと思い出した。シモン曰く

”酒は人を駄目にする。彼らはどっちかがどっちかがもう一人を殺すまで攻撃をやめないだろうね。”

 怒鳴り合いと激しい破壊音が静かな夜の村にこだましていた。入学初日は、そんな日だった。

 ちなみに翌朝喧嘩があった場所を通ると、前にあった車のフロントガラスが全破損し、警察が事情徴収をしていた。本当に誰か死んだかもしれない。当事者になることはないと思うので別段危険ではないけど、田舎の小さな町や村でも時にこういう怖いことはあるというお話。
* ビリヤード"Billiards"という言葉は現地で通じないときがあった。アイルランドでは"Pool"が一般的。

** やっぱりギネスはうまい。しかもその店のギネスは、おしゃれにもクリームの表面にシャムロックの模様がついていた。その昔小泉首相がイギリスで「本場のギネスは違う」と言ったのがきっかけで日本でギネスの売れ行きが上がったらしいが、ギネスの本場はアイルランドだぞ、と思い調べてみたところ・・・ギネスが誕生した当時のダブリンはまだイギリスだったわけで、小泉首相発言も間違いではなかったわけである。


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