shamrock 2 7月14日
  



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2000年 7月14日

行程 : ボイン河流域&タラの丘 バスツアー

 ダブリン3日目。本当はドロヘダでサイクリングをする予定にしていたが、前日夕方に偶然"OVER THE TOP"というバスツアー*のチラシを見つけたことが変更のきっかけだった。ツアーのテーマはズバリ"Celtic Experience"という、ケルト好きを自称しているやつがこれに行かずしてどうするんだという感じのタイトルだった。そこで即変更。ホテルに延泊をお願いした。

 とはいえツアーには予約必須とあったのだが予約をしていなかったので、当日朝ダブリンのツアリストインフォメーション前で電話予約を入れようとした。が、「もう出発しちゃったから直接バスの運転手に話せ」とのことだった。で、インフォメーション前で"OVER THE TOP"のバスを待っているとすぐにそのバスがやってきた。と、そのバスは先日のツアーのような大型バスではなく、10人乗り程度のワゴン車だった。
 運転手に最初は「定員オーバだから駄目だ。」と言われてしまった。「今日一日どうすりゃいいんだ!もうホテルには連泊を告げて来ちゃったしなあ・・・」と困っていると、同様の飛び込み客(2名連れ)に対して「定員オーバだ」と断りを入れた運転手が大きな声で僕を呼んで、「ちょうど1名分残ってたよ。」と言って乗せてくれた。ラッキー!

 ということで最後の1名を乗せたミニバスはダブリンを出て、昨日とは反対に北に向かって走り始めた。
 バスの中では、一人一人自己紹介なんかをしたりして、それなりになごみの雰囲気を作り出していた。しかしたいていは家族連れか夫婦の客だったため、皆内輪でしゃべっていた。っていうかバスの運ちゃん兼ガイドがぺらぺらよくしゃべるので、バス内の人間同士で話をするタイミングもあまりなかったという方が正しいかも。なんにせよちょっとした孤独感と共に旅は続いた。
 最初の目的地はメリフォントアビー跡地。12世紀半ばに建立されたシトー派修道院の総本山であり、古き良き修道院時代の名残としては最大級の”廃墟”である。
 小雨の中修道院の廃墟に佇んでいると、たいていの文筆家は当時の修道僧達の姿を思い描いたりするんだろうが、僕としては「こういう寒い中ツアーが続いて、途中便意を催したら英語でどう言えばいいんだろう。」ということだった。まあそれはそれとして面積が広いだけに本当に寂しく、悲しい佇まいの廃墟であった。

メリフォント修道院

モナスターボイスの円塔
 メリフォント修道院で紅茶を飲んだ後一行が向かったのは、修道院にほど近いところにあるモナスターボイスという集落だった。もともとここにはここには聖ビューズなる聖者が修道院を建てたらしいんだが、もうそんな影はなく、あるのはただ円塔(ラウンドタワー)とハイクロスと教会跡地、そして多くのケルト十字架型の墓石だけだった。夜独りで来たらちょっとした度胸試しのような場所だった。
 今度こそゆっくり往時を偲ぼうかと思ったが、この場所の歴史的背景もよくわからないため、偲びようがなかった。そこでハイクロスや円塔をぼーっと眺めつつ、しばしケルトの民の不思議な建造物に魅入っていた。

円塔とハイクロス
 円塔はいまだ目的がはっきりしていないところもあるが、ハイクロスについてはその中に聖書の一節が語られていたりする。一方でケルトチックな装飾模様で全面を飾っている。
 実際近くで見るとすごく不思議な物体である。変な形と模様だけど、何かしらひきよせられてしまう。そんな風景を眺めていたが、気がつくとほかの観光客はみんなバスに戻ってしまった。さすがに独りになるとこの場所は怖い。

モナスターボイスの墓石群

スレインの丘
 続いてバスはスレインの丘、パトリックがタラの丘のハイキングに喧嘩を売った場所だ。
 433年、伝説の聖人パトリックはこの地でタラの丘から見えるようにたき火をして、文句を言いに来たハイキングに対して三位一体を説いたという。その時に使ったのがシャムロックなんだそうな。なんか話がかなりいい加減かもしれないけど、そんな感じだった。
 ということでスレインの丘に立つ廃墟(城?)に上り、何の柵もない吹きさらしの最上階から全景を臨む。ケルトとキリスト教が融合を遂げる歴史も面白いが、高いところから見る緑広がる風景はもっと面白い。

三位一体を説くパトリック
 さて、ケルトをひとしきり堪能した後はさらに古代の遺跡へと向かった。Four Knocksという古代の住居だか墓だかが残されているその土地は、スレインの丘やタラの丘同様丘の上にあった。昔の人はとかく丘の上にモニュメントを建てたがる。おやまの大将気取りという言葉は古今東西共通なんだろうか。
 この遺跡の中心部にある石のムロは、冬至になると太陽が一番奥の壁を照らすという。話がまるっきりニューグレンジの墓と一緒ではないか。昔の人は太陽に対して並々ならぬ感心や感謝を抱いていたんだろう。特に極寒の季節、太陽がほとんど昇らない冬至の日を恐れていたのかもしれない。

Four Knocks のストーンサークル

タラの丘
 ツアーの最後はタラの丘。風と共に去りぬで登場したり、オコンネルが集会で数十万人を集めたりした伝説の土地だ。
 そんなタラの丘は、シャムロックと羊の糞と観光客でいっぱいだった。
 昔この地にはハイキングのための城やらドルイドの祈祷所やら裁判所やらがあったのかもしれないが、今は見渡す限りちょっとでこぼこしたただの丘だ。写真の立石は王が戴冠式の時に座ったと言われている。が、もはやモニュメント以外の何ものでもない。そんな場所なんだけど、でもここはアイルランドの象徴なんだろう。日本にはこんな場所はあるだろうか。
 ツアーも一通り終わり、ホテルへ戻った時は結構疲れていた。なかなか充実したツアーだった。しかしずっと独りっちゅうもの寂しいものだ、と感じていた。その夜は何を食べたのかは覚えていないが、パブに行ったのは間違いない。テンプルバーのパブにはガードマンが着いていてちょっと入りにくい。といっても入るときに何のチェックをされるわけでもないんだけど。

 ちなみにこの日の夜中、外で人の叫び声とガラスのようなものが割れる音で目を覚ました。まあ、それほど珍しいことでもない。
* OVER THE TOP Tours に限らず、ダブリンにはいろいろなプライベートツアーがあります。ダブリン郊外ツアーサイトなんかを参考にしてみては。
 ちなみに最近調べたところ、ツアー内容が2年前と若干変わっているようでした。

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